ふわりふわりと舞い踊る。
その刹那、美しさを見せて。
桜は、舞い踊る。

風が吹いた。
優しく心地良いそれは、弱く耐ええぬ物のみを揺らし、そして過ぎ行く。
「……」
ざあっ、という音と共に桜の木が揺れ、花びらが宙を舞う。
手を差し伸べれば、薄い色の花びらがそこへはらりと落ちる。
散ったその後も穢れを知らず。
その姿は、ずっと美しいまま。
 
ふと、思う。
散った後の私は。
あの人に、美しく見えているのだろうか。
「どうしたんだ?」
「!」
不意に、優しい声。
大切な人の、呼び声。
「新様」
振り向き、呟く。
愛しい人の名を。
「桜を、見ていました」
「そっか」
頷き、新様は私の横に座った。
まだ巳の刻にもなっていないというのに、今日は随分と暖かい。
この分だと、葉桜になる日もそう遠くはないのだろう。
私にとって、そこに意味は無いのかもしれないけれど。
他の誰かには意味のあることなのだろう。
きっと。

風が吹いた。
「……」
止める術は無い。
風の吹くままに桜は舞い散る。
強く吹けば、激しく。
弱く吹けば、穏やかに。
しかし、どちらにしても……
(……みたい)
考えた瞬間、
「清白?」
「っ!!」
新様に顔を覗かれていたことに気付き、私は我に返った。
そして、すぐさま視線をそらす。
「何でもありませんっ!」
「……?」
直視などできない。
そうしたら、すぐにそれへの思いを馳せてしまうから。
……何を考えているのだろう、と思う。
夜は過ぎたばかりだというのに。
何気無いことでも、乱れる様を想像している私がいる。
「飽きないよな」
続く新様の声。
けれど、
「……どちらが、ですか?」
それを遮ってでも確かめずにはいられなかった。
「え?」
「桜のことなのか、それとも……私の、ことなのか」
言い切ってから、新様の方を向く。
鳩が豆鉄砲を顔に受けたような、分かりやすい唖然とした表情をしていた。
ややあって返ってきたのは、
「清白は、どっちと言ってほしい?」
という、意地悪極まりないものだった。
返答になっていない。
そして、私がどちらと答えたとしてもからかいの材料にしかなりえない。
だから、
「……いえ、いいです」
ちょっとむくれながら、こう答えるしかない。

でも。
どこか、安心している私がいた。
新様のことだから、もう一度問えば恐らくは私だと答えてくれたのだろうけれど。
もし、違う答えだったとしたら。
(……考えたくない)
怖かった。
今のままでいられなくなることが。
嫌だった。
問い掛けをした私自身が。

こうした日常でも。
……日常でないことであっても。
今の私は、新様無しでは満足できなくなっているのだから。

「ああ」
思い返し、漏れ出るは感嘆。
ゆっくりと首を横に振る。
そうすることで、頭を埋め尽くす思いを断ち切った。
余計なことを考えるのは、少なくとも今じゃない。
だから。
「桜を見ていたら、私も舞いたくなりました」
言って、立ち上がる。
「見て、いただけますか」
「ああ」

ふわりふわりと舞い踊る。
その刹那、全てを見せて。
私は、舞い踊る。
美しい桜の花びらと共に。

風が、吹いた。


 

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