『おひさまリフレクト!』サンプルSS 『Mind Mapping』


 ジュエルリップの六花庁。
かつては六花のエコーとして自身が在籍していた地であり、つい最近は傀儡として自身が幾度となく訪れていた場所だった。
「……しかしまあ」
 ……だから、あまり気にしてはいなかったしそもそも気にできる状況でもなかったのだけれど。
 自我を取り戻して改めて入る庁舎の中は、思いの他小奇麗に片付いていた。しかもここ数日で一気に片付けたのとはわけが違う。明らかに、ずっと小まめにやり続けていたことの賜物で。
「ずっと、掃除していたのか?」
 独り言のように問いかけると、隣にいたジゼルはこくりと頷いた。
「ずっと、待ってた。エコー、いつか帰って、くる」
「……そうか」
 私もまた頷き、懐かしい寝室へと足を踏み入れる。日が落ちて暗くなっているからか、調度品の数々はその輪郭を薄らと認識できる程度だが……
「まあ、寝る前に確認することでもないな」
「分かった」
 ジゼルはそう呟き、

服を。
脱ぎ始めた。

「ジゼル!?」
「……?」
 驚く私を他所に、ジゼルはぽんぽんと服を脱いでいく。上を。下を。最後には下着まで。つまり、生まれたままの姿に。
「どうか、した。ですか?」
「……」
 驚いた。
 十八年。あの時は幼かったジゼルがこうも育ったのかという感慨は一欠片で、どうしてこの子は――相手が家族とはいえ――人前で平然と裸になってしまうのか、という驚愕の方がずっとずっと強い。
「着替え、ないのか」
「このまま、寝る」
「……そうか」
最後の望みをかけて問いかけてみるも、答えは否だった。……そうだろうとは思っていたが。
どうやら、リノ=レノに随分と迷惑をかけていたらしいことは把握できた。けれど、
「エコー。脱がない、ですか?」
「……私は脱がないよ」
 苦笑し、私はベッドに寝そべったジゼルの頭に手を乗せる。全裸で寝る趣味はないし……そもそも、今のジゼルに脱いだ姿を見せられるわけがない。
 ひび割れた身体。それが意味する所を、きっとジゼルはたちどころに理解してしまうだろうから。そう考えると、唯一露出している顔面部にひび割れが出ていないのは……偶然にしろ、幸いという他無かった。
「……おやすみ。ジゼル」
「……エコー……」
 ジゼルはしばらくされるがままにしていたが、安心したのだろうか。ぷつりと糸が切れたように、深い眠りに落ちていく。
 それを見ながら、私は考えていた。

 『これから』のことを。

「……」
十八年。その年月がどれほどのものだったのか……もちろん私の過ごした時間からすればほんのひとかけらに過ぎないが、それでも。
リノ=レノがいて。ジゼルがいて。私にとっての家族と呼べる子たちがいる『今』は、これまでエコーとして過ごしてきたどの時よりも愛おしいものになっていた。
 ……だから、だろうか。考えを巡らせる度に、リノ=レノとの、そしてジゼルとの思い出が脳裏をよぎっては消え、そこから連鎖的にまた別の思い出が脳裏をよぎっていく。

……時間が、欲しい。
今までは有り余る存在だったものを、今更ながらに必要とする……というのも、何とも滑稽な話ではあるが。無理だと分かっていても、どうにかならないか、と抗い……辿り着くのは、諦めという名の終わり。

……だから、せめて。
最期は、この子たちと一緒にいたい。

 そう願って、私もまた、ゆっくりと目を閉じた。
 

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