『めてぃすわーるど!』サンプルSS 『Mermaid girl』


 冬休みになり、あたし、沖原琴羽は慶司の家にお邪魔することになった。
 慶司のおじさんとおばさんにものすごく安心した優しい視線を向けられたり、話の流れで――よくよく考えると何の脈絡も無かったような気がするけど――まなにあたしの胸を揉みしだかれたり。
 何やら家族の話があるとかで、あたしだけが先に慶司の部屋に通されて待つこと数十分。そろそろ暇になってきて、そういえば慶司のベッドの下のアレコレをまなから聞いていたっけ、と思い出し、探索を始めたところでタイミング良く――というよりはむしろ悪く――慶司が部屋に入ってきて。

 ……そうして。
 あたしは今、慶司の部屋のど真ん中で正座させられている。

「何か言うことは?」
 そりゃあ、自分の居ない間に部屋を探索されればそう思うだろう。あたしだって多分そう思う。
 けれど。とりあえず、これだけは言っておきたかった。
「慶司エロい」
「ああ……ってそっちかよ!?」
「うん」
 嘘偽り無い言葉を紡ぎ、あたしは片隅にあった本を手に取った。
 ゲームのカジノとかでたまに見かける、きわどいカッコの女の人が映っている本。知識として知ってはいたけれど、まさか実在していようとは。
「だって、まなから聞いた通りだし。バニーの本があるとかどうとか」
「……この部屋、一応鍵付きだけどな?」
「ああ」
 そう言えば、と思い当たり、扉の方を見やる。昔と変わらず、慶司の部屋には鍵がついていた。……まながどうやって本のことを知っていたのかは気になるけれど、今はそこに突っ込むべきじゃない。
「まあそんなわけでね? 一応、確認しておこうと」
「確認しなくてもいいだろ!?」
「一応、その……気になるわけよ。慶司がどういう趣味なのか、彼女としては、さ」
「……ああもういいだろこの話題!」
 柄に無く照れる慶司を見て、少しだけおかしくなる。こういうことでうろたえるのが、男の子なのだろうか。
「じゃあさ、あと一つだけ」
「止めてくれ!」
「ん、これは質問なんだけど」
 前置きしてから、あたしはエロ本の山を指す。その山は、うっすらと埃をかぶっていて……澄之江に来るずっと前から触られていなかっただろうということが簡単に分かった。
「これさ、全然読んでないでしょ」
「……」
 流石にこの質問は予想外だったのか、慶司は一瞬だけ居を突かれた表情になった。けれどそれをすぐに元の憮然とした表情に戻し、そっぽを向く。
「……どうでもいいよな、それ」
「これはあたしの個人的な質問。気になるから」
「気になるって、何が」
「慶司ってさ、昔から何かと飽きやすいから」
 何も変わってない。だからこそ、不安に思うことがある。その飽きやすさの対象が、彼女……つまりあたしにも関わってくるんじゃないか、と。
 それこそ。恩人が現れたからってあっさりと主人公が捨てられてしまう、どこかのおとぎ話のように。
「……何を今更」
 けれど。慶司はあっさりと、そんなあたしの考えを否定してきた。
「……そうなの?」
「別物だろ、それ。一緒に考えること自体が間違ってるって」
 それに、と言いながら慶司は立ち上がる。そして、
「幼馴染じゃできないこともあるだろ?」
 言葉が先か、行動が先か。そんなことを考える暇も無く、慶司はあたしの眼前に迫ってきて。
「ちょっ、慶司!?」
「……ああ、お仕置きって名目でもいいかもな?」
「お仕置きって何!? な、そんな、だって……んっ」
 胸を鷲掴みにされて、あたしは思わず仰け反った。と、

 ぽとり、と。
 黒くて小さな物体が、あたしの胸元からこぼれ落ちる。

「……え?」
 不意に、慶司の手が止まる。そして、こぼれ落ちた物体を拾い上げた。
「何だ、これ」
 サイズは小さな昆虫くらい。黒くて、何やら怪しげなそれは……どうやら、小さな、機械。
「…………………………盗聴器?」
「…………………………だよ、ねぇ」
 思わず、あたしと慶司で顔を見合わせる。
 盗聴器って。何でそんなものがあたしの胸元にあるのか。というか慶司が胸を揉んでなかったら多分今も気付いてなかっただろうしその意味ではありがとうというかやっぱり慶司エロいというかここまでの会話でマズいことは無かったよねとか、
「琴羽?」
「うえあっ!」
 くるくるぐるぐるアレコレと思考をめぐらせていたあたしを、慶司の一言が呼び戻す。見ると、慶司は無言で壁を指差していた。その向こうからは、

『だーっ、詰めが甘いぞ速瀬妹! 襟の裏とかいくらでもつけられるだろう!?』
『そんなこと言われてもっ! 大体まさかこんな真っ昼間からイチャつくなんて普通思わないでしょ!?』
『まあ、確かに……よく今まで挟まってたよねぇ』
『えっちな本……おっぱい……』
『ああっ、お嬢様!?』

 どこからか漏れ聞こえる幾つもの声。色々と、察することのできる声。
 ああ。あのときか。リビングで揉まれたときか。というか今の声からするに……
「ふ、ふふ、ふふふふふ……」
「……おい、琴羽」
「慶司」
 自分でもよくこんな笑い方ができるものだと思いながら、あたしは慶司に笑いかけた。
「止めないでね?」
「……」
 無言で頷く慶司を背に、あたしは慶司の部屋を出る。
 まなの部屋から漂う不思議な静寂は、きっと今のドアを開ける音が聞こえたからだろうか。
 まあ、そんなことは割とどうでも良くて。
「……さて、と」
 まなの部屋にいるであろうアルゴノートの仲間を、これからどうすべきか。
 それだけで頭を埋め尽くし、あたしはまなの部屋のドアノブに手をかける。

 ……きっと。
 あたしは、まだ、ここにいてもいいんだ。

 

 

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