『いみてーしょんかたるしす』サンプルSS 
『ファミレス『てまーず』における晴華瑠波の疑問〜あるいはプロローグ〜』


 気付けば。
 我は、見知らぬ所に座っていた。

 見覚えのないところから察するに、少なくとも王国のどこかではない。だが、椅子と机が数多く並べられている風景は、どこかで見たような覚えも……
「いらっしゃいませ」
「!」
 唐突に聞こえてきた声の方を向くと、見知らぬ者が立っていた。緑色のワンピースを着ていて、年の頃は恐らく我と同じくらいだろうか。
 ……そして、
「てまー」
 何故だろう。頭に、ウサギの耳がついているのだが。
「どうかなさいましたか?」
 そう言いつつ、ウサギ耳の者は軽く首を傾げて見せる。……その姿は、とても愛らしいと言わざるを得なかった。そして、
「い、いや。似合っておるぞ」
 ……何とも情けない話、かろうじて搾り出せた言葉は、そんなありきたりな褒め言葉一つだけであった。ともあれ、ウサギ耳の者はそれで納得したのだろうか、
「ではどうぞ。こちらがメニューになります」
 そんな恭しい声と同時に、表紙に『Menu』とか枯れた薄い冊子のようなものが我の前に置かれた。その下の方には、フルフルをはじめとした様々な食べ物の名前が列挙されており、一番

下には先程この者が名乗った『てまーず』なる一文が書かれている。……察するにここは、話に聞くファミレスなる所なのであろうか。何度か箱舟刑事で見たことがあるような気もするが、無論

実際に入ったことなど一度たりとも無い。
「お決まりですか?」
「あ、いや。まだ決まっておらぬ」
「そうでしたか。では、決まりましたらお呼びください」
 そう言い残して、ウサギ耳の者は店の奥へと去っていく。……その姿をぼんやりと眺めながら、ふと思った。最初の印象故にウサギ耳の者ばかりを注視していたが、周りの光景も明らかに

普通とは言いがたいのではないか、と。
 まず、妙にデフォルメを利かせた黒ウサギが数羽、後ろ足二本だけで立っている。それだけでも十二分に異常であると言えるが、その上、それらはあちらこちらへと、手にしたお盆を危なげ

なく運んでいた。
 そんな黒ウサギの間を縫うようにして、一羽の白ウサギが元気よく店内を跳ね回っている。……色々と危ないような気もするが、中々どうして、黒ウサギの方が上手に避けている様はとても

興味を引かれるものであった。
 さらにその奥の方では、ウサギ耳の……謎のとしか例えようのない全裸の生物が、やはりウサギ耳かつ金髪の幼女と仲睦まじくしていた。一体どういう取り合わせなのか、そもそも意思の

疎通が取れるものなのか「がんばるで」「ぷぃう!」……どうやら問題は無いらしい。会話と言うには無理がある光景であるが。
 ……そんな非日常的な光景を、どれだけ眺めていたのであろうか。
「お決まりになりましたでしょうか?」
 と、再度ウサギ耳の者が我に声をかけてきた。
「うむ……」
 言われて、はたと思い出す。何を頼むか、の部分を完全に失念していたことを。
「…………………………………………………………………………」
「……まだしばらくかかりそうですね」
「そう、であるな」
「わかりました。それなら」
 我の言葉を受け、ウサギ耳の者は軽く頷く。そして明後日の方角を向いて一言、
「先にお話をお楽しみください」
「……お話?」
「いえ、こちらの話です」
 そう言われてしまえば、これ以上聞くこともできない。
 我は再び、メニューとのにらめっこを再開するのであった。
 

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